眠りから目覚めな才

- ついついやってしまうが出来れば隠しておきたい。そんなクセのようなこと
- 世に出すには恥ずかしすぎる表現方法
- 上がりシロもないけど下がりシロもない事
それらはあなたの中に眠る本当の才能なのではないかと思うのです。
私は決まってランニングをしている時に、
ちびまる子ちゃんの原稿のような(知らんけど)日々の些細な記憶のワンシーンが、
面白ふざけたシニカルチックな言葉となって脳内で再生される。
ただ、他人が聞いてもさほど面白くはないということは薄々気がついている。
誰かに見せたいかと言われると、恥ずかしすぎて爆発しそうだ。
そして何より、なんの意味もない。
だが、この脳内で文章を綴る作業はどうにも辞められない。
いや、鳴りやまない。
おかげで、一応スマホに残しておいたメモはパンパンダ。
そういう変なクセがある。
ただのクセ。
特段得意だとも思わなければ、下手だという概念もない。
とはいえ一応、何かに活かせるか方法は考えてはみたが、
向上心を持つほどの事でもなければ、
向上していけるものがナニなのかも分からない。
ただこの先の人生が
想像もつかないほどリッチでも一文無しでも、
私のこの脳内は多分そのまんまなんだろうという確信はある。
詰まるところ一生、日々を面白可笑しく生きていきたいのだと
そう思っている。
私は自称ポップで明るい。
誰とでも割と早い段階で打ち解けられる。
多分、コミュ力は自分が思っているよりちと高いくらいだと思う。
社会人としては、
誰にでもにこやかに振る舞い、
不穏な空気を緻密に読み、
時には他者と他者の間を取り持って、
輪は乱さずブンブン首を縦に振り、
他者の意見をダイソンより吸い込むことが出来る。
そのおかげで、
人から大層嫌われたこともなければ、
心がズタボロになるような批判をされたことも記憶に薄い。
社会ではとてもよく出来た生き方だ。
だが1人の人間としては、
人に嫌われることを恐れ、
不穏な空気に情緒を掻き乱され、
批判、批評、否定がこの血をかけ巡り、
怒鳴り叫びそうな社会の目や声に震え、
そのうち自分が誰なのかも忘れてしまいながら、
漠然とした空虚の中を彷徨うしか出来ないでいる。
私という裏社会の顔は酷く怯えていた。
嫌われたことがない?
アンチもない?
そりゃそうだ、なんにも表現してきていないのだから。
嫌うサイドも嫌いようがない。
そんなのは安全に決まっている。
- ワオキツネザル
- ONE PEACE
- 味しらべ
でさえ、嫌いな人は嫌いなのだ。
私の中の世界では俄か信じがたい事実だ。
そう思うと、
私という存在が全ての万人に受け入れられるなどあるはずがない。
そもそも周知されることの方が難しいのだろう。
ともすれば、反応があるということ自体
寧ろ有難いことのように思えてくる。
最高の土台の上に立っているという体感をようやく得てきた。
利尻島で出会った四毒抜きマダムは言った。
「聞きたくない事は聞こえてこない♪
見たくないものは視界に入らないようになってるのよ♪」
要するに、
自分が作り出す世界観は
自分の受け取り方次第だ。
と解釈し、マダムを信じ続けている。
眠りから覚めていくように
三十数年の些細な日々の断片が、
薄め続けた”私自身”にポっと明かりをくれる。
恥、かいてこうよ。
あなたの才は
納豆ぐらいリスキーな杭だと思うかい?
多分、
胡麻豆腐くらいさ。
だから大丈夫。
終わりに
一昨年始めた稼ぐためのブログ副業を私は一円も稼ぐことなく断念し、
今日まで放置し続けたこのワードプレス。
私には使いこなせなかったアフィンガーのテーマ。
熱心にご教授してくださったコンサルの先生。
この度の投稿より、それらの知識や機能を
全く使う事なく、教えの全てに反し、
存分に無駄遣いを駆使して
今ここに綴っていることを、
心よりお詫び申し上げます。
胡麻豆腐