漠然と迫りくる恐怖や不安。
死より怖いのはきっと、
不老不死であることじゃないかと思えてしまう。
永遠であることが苦しいのだ。
そんな震えあがるような
暴れ狂うような感覚を味わったことはないだろうか。
私にはある。
恐怖と平凡の手綱

32歳、夏。
目を閉じた暗闇の中で稲妻のような光がピカッと光った。
外のネオンかな?
初めは気にも留めなかったのだが、
毎晩、毎晩、目を閉じるたびそれが光るようになった。
不思議に思い一応ネットで検索する。
ネットは怖い。
私の不安をブンブン煽りたててくる。
私のスマホの検索サイトは恐らく、デンジャラス慎吾が運営しているのだろう。
何を見てもガムテープデスマッチに誘われている気がする。
胸がざわつく。
休日、私のハチロク(電動自転車)は早稲田通りを駆け抜け、
途中の八百屋に群がる人だかりを華麗に避けながら427号線へカーブ。
最速で阿佐ヶ谷の眼科でチェッカーフラッグ。
結果発表。
医師からの説明は色々あった気がするが、
”緑内障の兆候”という言葉以降、
まるで水の中で聞いているかのような、
全ての音という音がモワンモワンと鳴り続けていた。
その日の夜からというもの、
全く寝られなくなってしまった。
目を閉じることが怖いのだ。
もしこれが最後の景色だとしたら…
目が覚めたら一生真っ暗だったとしたら…
そして次は臨場感が私を襲う。
友達や家族、恋人の顔が見れない。
何がどこにあるか分からない。
朝起きて、会社に着くまでの動作一つ一つ
苦難を強いる。
化粧が出来ない。
仕事先に連絡はどうしよう。
トイレは、風呂は、
服はどうやって選ぶの、
え、え、え、
これからどうやって生きたらいいの…
当たり前にあった日常は
当たり前にこなしていた作業とやらは
どうやら当たり前ではなかったようだ。
ゴールのない絶望感
身動きの出来ない空間に閉じ込められた恐怖
まともに息が出来なくなる。
暴れ狂う行き場のない破壊染みた衝動が身体の奥底から湧き上がってくる。
怖い。
狼狽える私は、とにかく灯りという灯りを灯しまくった。
電気をつけたり切ったりした。
アロマキャンドルを点火し、
テレビを点ける。
深夜アニメだったような気がする。
音量を許容範囲まで上げ、音を鳴り響かせる。
スマホはYouTubeを開いていた。
何かがしゃべっているが、関係ない。
なんでもいい。
とにかく見えている、聞こえている、
認知して触れられる、
そんな実感が欲しかった。
6畳一間がリオのカーニバルのようだ
…今はそれでいい。
私は”それらの実感”を包み込むように
自分の体を自分の両手で抱きしめた。
深夜2時過ぎ。
頭の回転数がようやく落ち着いて来た
スマホ画面を見ると、
まぁたそちゃんのメイク動画が流れていた。
岡山が産んだ奇跡のブサイクという
かなりトリッキーなタイトルだったが、
その素性は全く違う。
面白く、優しく、温かい。
見た目も心も美しい女性である。
まぁたそちゃんを知ったのは確か21歳の頃。
中学の同級生から突然、
この人、oki じゃないよな⁉
似すぎてビビるんじゃけど。
と、動画が送られてきた。
真緑の全身タイツでカッパになっている動画だった。
そんなわけねぇ!と返したかったが、
その数日前、
私は真緑の全身タイツを履き、羞恥心からサングラスをかけ、
緑のモジモジくんとして会社のリレーマラソン大会に出場していた。
そんなフォーク球がシンクロすることってあるんだろうか(笑)
こちらのクオリティは低かったが奇跡のようなシンクロニシティをこの目で見た。
勿論まぁたそちゃんの存在は知らなかった。
知っていたら羞恥心を捨て、
カッパに振り切れていたのかもしれない。
というのも、
私は岡山県出身、ばりぶち一重でありながら、
何気ない会話もしゃべり方も、
中学の頃の私とそっくりだった。
自分でも学生の頃の私が映っていると錯覚するほどだ。
違うのは体型だけだろう。
当時のエネルギーがぶり返すような、そんな気持ちになる。
そんなことを言っておいてアレなのだが、
まぁたそちゃんの動画はどれも面白く、
そして癒される。
日々の生活っぷりが愛おしく、心が緩んでいく。
(勿論緻密な構成や動画編集があるのは重々承知しています)
とにかくスーパー素晴らしい動画だ。
そんな敬愛するまぁたそちゃんのメイク動画があの日の深夜、たまたま流れ始めた。
私の状況も知らず、
こんな恐怖の中だというのに、
痛ぇーー!!!と言いながら
カラコンを着け、
急に踊りだし、
屁をこいていた。
全てを吹き飛ばすような圧倒的な超日常に、
私の暗闇は、優しい光に包まれた。
私は号泣しながら、動画にありがとうございます。と伝えた。
数日後、緑内障専門医のいる眼科へセカンドオピニオンを受けた。
結果は、確かに眼圧は高いとの事だったが、
心配ないよと微笑む医師に
肩の全てを撫でおろし、安堵したことを覚えている。
おぼし明かす
私があの絶望の夜から救われたのは紛れもなく、
誰かが平凡という瞬間を刻むように生きている
という安堵感だろう。
クスっと笑える些細な日常を一瞬でも感じられること。
それらが私を”今”という豊かさに引き戻してくれた。
どうしようもない恐怖の中で
”なんの意味も持たなそうなこと”は
誰かの生きる希望に変わりうる、
そんな”大きな意味を持つもの”であると
この身をもって確信している。
時間を持て余している事が尊い。そんな感覚。
使命感というにはおこがましい事甚だしいが、
なぜだろう、
この記録が意味がないのに有るのが分かる。
馬鹿馬鹿しいか(笑)
もしこんな記録がいつか、
誰かの暗闇をポッと豆電球くらいの
暖かい光に一瞬でも出来たなら。
私のあの深夜のカーニバルもきっと報われるだろう。